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11回卒 <2> | <1>

益々元気に

三四縣陵会恒例の総会懇親会が、去る11月11日(日)12時半から新宿のクルーズクルーズにおいて20名のメンバーが元気に参加。
松本から常盤イレブンス会会長も参加して、100周年の計画進捗、現在の学校の状況等変化が進んでいる現状が報告され、是非関心を持って頂きたい。
更に100周年への寄付の協力と母校支援の学びの会へのふるさと納税の協力が呼びかけられた。
 また、久しぶりに参加した糸魚川氏から、高齢で亡くなる多くが誤嚥性肺炎等が原因であり、是非定例的に歯医者に行って口内の清掃をしてほしい、口内には黴菌がうようよしているとの話があり、皆さんも納得したようである。
  80歳を目前にして、多かれ少なかれ体調を始め色々な事情がある不参加者の返信が回覧された。
 元気に集まった会では、病気の話、孫の話等は禁句として、明るく楽しい懇談に努めることにした。いつものように瀬黒氏からシルバー川柳が紹介され、その後は、小グループごとに近況や今後について熱く語り合った。
二次会はいつもの通りカラオケで盛り上がり、次回31年1月29日を予定する新年会での再会を約して散会した。(巣山記、写真・植原)
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傘寿を目指し再出発

三四縣陵会 新年会 2018年1月27日:麹町「仁」

我々東京近郊在住のイレブンス会のメンバーが三四縣陵会として再スタートして7年、昨年喜寿の祝賀懇親会を石和温泉でおこなった。その折に決めた今後の活動計画として、集会は年3回、(新年会、同窓会総会、三四縣陵会総会) とし、当面東京オリンピック迄現在の幹事が継続することに決めた。その最初の新年会が去る1月27日、後輩(38回卒岸野裕司さん)が経営する麹町の味彩酒房「仁」において開催した。
今回は、初参加の大久保君、病気回復から久しぶりの参加になった林君、瑞宝双光章を受章した高島君、松本から竹村、小穴君を迎え総勢22名のメンバーが集いました。
新鮮な魚介類と生ガキ、それに鍋を囲み、全国の地酒と後輩の心づくしの料理とおもてなしを思い切り堪能、話は尽きることなく傘寿を目指し、健康に留意しながら元気に傘寿で会い、できれば縣陵100周年を元気で迎えようと校歌を斉唱して散会。あとは恒例のカラオケタイムに全員が市ヶ谷に出向いて、二次会を楽しんだ。 (巣山記)
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叙勲の高島氏
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林氏
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戦後復興に活躍し、喜寿を迎え 期した77年を振り返る
三四縣陵会(11回卒)総会懇親会 2017年11月10〜11日 甲州石和温泉名湯老舗旅館 糸柳

思えば私たちは、太平洋戦争の始まる昭和15年から16年初めに生を受け、戦中の厳しい時に幼少期を過ごし、終戦後は米国から押し付けられた民主主義の流れの中、学制改革による国民学校から尋常高等小学校へ入学、教育内容も大幅に変わる中で学び、戦後復興する中貧しい中にも先に希望を抱きながら学び、その間、国も大きく変わり、米国に追いつき追い越せの中、第2の経済大国となり、国民皆、総中流と言われ、東京オリンピック、大阪万国博覧会、長野冬季オリンピック等を経験してきました。
卒業以来、それぞれ異なる進路に進み、様々な社会体験をし、時空を過ごしながら活躍されてきました。
卒業して58年、今年、77歳の喜寿を迎えることになりました。同期会も還暦を機にリニュアルして7回目を迎えます。
昭和34年3月に卒業した同期生は、350名です。既に西国に旅立った同期生は現在判明しているもので75名です。
平成に入って、失われた20年の中、今また世界を始め日本もやや右傾化の進展が始まり、更には北朝鮮の核開発の脅威が世界中を震撼させており、今なにが起こっても不思議ではない時代に遭遇しています。
こんな時だからこそ、18歳の青春に戻って残された人生を謳歌するための集いを開くのも価値あることと思っています。
以下に喜寿の会の一端を紹介させて頂きます。

前日までの雨模様から一転快晴の秋空の下、甲州石和温泉名湯老舗旅館 糸柳に出向き、恒例の三四縣陵会総会懇親会を松本のメンバーにも声を掛け喜寿記念として11月10日(一泊二日) の日程で開催。
前半は、韮崎のグリーンバレーCC鈴蘭コースにおいて3組12名で青空高く澄み切った秋空の下、山岳コースでアップダウンの厳しい中、和気藹々とラウンドを楽しんだ。終了後コンペルームで表彰式をおこない、それぞれのラウンドの話題で盛り上がった。優勝は竹内護、準優勝は浅川雅史、ベスグロは奥原弘夫の各氏に賞金等を授与した.
総会懇親会には、22名が参加。奥原代表幹事から還暦を機会に三四縣陵会を再出発することにし喜寿まで現在の幹事で会を継続することにしましたが、
2020年東京オリンピックが決まりましたのでそれまで継続することにしたい。
丁度2020年が再開から11回目の会になり、区切りとして一番いいのではと提案。全員で了承しました。続いて常盤イレブンス会会長から6年後に迫っている縣陵100周年に向けての協力要請があった。松本から参加の宮坂薫嗣氏に来賓としての挨拶を。また瑞宝双光章の叙勲を受けた平野春雄氏から報告挨拶を頂いた。
100周年に向けての協力として、三四縣陵会が現在までの会で繰り越してきた基金の一部を寄付することを提案,了承頂きましたので常盤会長に奥原氏より贈呈する。三四縣陵会は年3回(新年会、観桜会、総会)、その間、東京同窓会総会,松本のイレブンス会への参加と他の学年より集まる機会が多すぎるので、少し軽減するために観桜会を取りやめたいと提案。皆さんも納得で了承された。
懇親会は4つのテーブルに分かれ飲み放題も加わって酒量も進み、会話も席を移動しながら止まることなく盛り上がり、予定したカラオケは二次会に回ってしまうほどであった。翌日は、武田神社、善光寺、恵林寺等を観光して高校時代の遠足を思い出すひと時でした。同窓はもちろん同期とは、すぐに18歳の青春時代に戻り懐かしい事や期してきた77年の話が尽きることはありません。そんな余韻を残しながら、甲州路を後にし、来年新年会での再会を約して解散しました。 (巣山記)
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喜寿を祝して第42回のイレブンス会(高11回)開催
2017年9月10日(日) ホテルモンタニュー松本 参加52名
恒例のイレブンス会も卒業から58年目を迎え、今回で42回、めでたく喜寿を迎える記念の会を開催。
卒業342名、すでに74名のものが恩師を含めて西の国に旅立った。今回は160名に案内、返信132、出席52名となった。約110余名が住所等案内不要のものである。
会は物故者への黙祷に始まり、常盤会長より、同窓会の現況と変化している母校について、お願いと情報の提供があった。一つは母校100周年への寄付、二つ目は同窓会費納入のお願い,三つ目は、母校の英語科が改編されて30年4月から自然探究と国際探究の二つの科を持つ探究科がスタートすることが報告された。
来賓として学生時代我々の憧れのマドンナであった2年先輩で現在同窓会副会長の丸山礼子さんからご祝辞を頂いた。
続いて、日本一の長寿村で生活する同期のポンコツ亭こと牛越君が素人落語を始めて11年、年間50回の寄席をおこなっている。松川村での長寿(男性82.2歳)の秘訣を軽快な語り口で披露した。
その極意とは、毎朝早起きをすること、1.染まらない、マイペース 2.合わせない 3.思い出さない 4.明日を考えない 5.今を精一杯生きる。そしてすべてにノーと言わない、断らない、食事は菜食主義を通す。と語り、みんなが納得したり、俺には無理という声も聞かれたが一理ある話であった。
 テーブルを移動しながら近況や思い出に花を咲かせ賑やかな懇談が続いた。皆で当時流行った、ペギー葉山さんが歌った学生時代を熱唱して楽しんだ。
続いて、東京の三四縣陵会の喜寿の会が11月韮崎でゴルフ、石和温泉で総会懇親会を予定していることをアナウンスし、松本のメンバーへ参加を呼び掛けた。合わせて次年度の幹事を選出し、引き継ぎ式を行い来年も元気に再開することを念じてお開きとなった。(巣山記)
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ポンコツ亭こと牛越君の落語
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丸山礼子同窓会副会長の挨拶